叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

お別れ


三重にいるのも、あと3ヶ月ぐらい。

特に思い残すこともなく、さっぱりと去る予定。

少し惜しいのは、ポートレートを撮らせてもらったモデルさんたちとの別れで、何度かお会いする中で多少なりとも情が湧いてしまっているから、ちゃんとお別れを言いたいような気もする。

ただ、モデルとカメラマンは、サービスを提供する側とされる側というだけの関係であって、そこには明確な一線が引かれているから、情に絆されて粗相があってはいけないし、寧ろ引き際をこそ美しくするべきだと思う。

人間同士の関係だから、私自身は会って別れを惜しみたいという気持ちがあるのだけれど、それを相手が望んでいるかといえば甚だ疑問で、ごまんといる客のひとりから大袈裟に別れを惜しまれても、変な気持ちになるだけかもしれないし、もしそんな思いをさせてしまえば流石の私も悲しい。

私が泣いて別れを惜しんだとしても、社会人としての最低限の振る舞いはしていただけるだろうが、各々が内に秘めた心に思いを巡らせると臆病になってしまって、やはり行動には移せないようだ。

気が向けば最後に撮影を依頼して、お別れになることはおくびにも出さず、鹿児島から来た変なやつがいて、いつの間にか居なくなっていたと、いつか思い出してもらえる程度が良いのかもしれない。

こんなことでぐだくだ考えるのなら、そもそも私が期限付きで三重にいることなど最初から開示しなければ良かったと、今頃になって悔やんでいる。