叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

令和8年6月25日


藤沢、雨。

颱風が近付いてきているらしいが、フィリピンの方から来るものとマリアナ諸島から来るものと、往時の米機動部隊のような2方向作戦である。

土曜日は出勤になるかもしれないと言われていて、颱風の場合は一体どうなるのか、安全を考慮して取り止めになるのだろうか。

予定もないことだし、流石に定時で帰ることが出来るだろうからどちらでも良いけれど、早めに教えていただきたい。

それ以外は特筆すべきことなし。

お別れの日が、着実に近づいてきてくれて嬉しい。

令和8年6月24日


藤沢、くもり。

どうも暗い話ばかりで情けないのたが、今の私は人生に対する前向きさというか、物事を楽天的に捉える姿勢というか、そういうものを殆ど失ってしまったような気がする。

厭世気分とでもいうのか、一度精神的に参ってしまうとあまり人様と自分を比べることをしなかった私が、もはや四十の声が聞こえてくるというのにいつまでもふらふらふらふらしていて情けないとか、将来は野垂れ死にか孤独死まっしぐらではないかとか。

今まではそれが私であると、なるようになれとあまり深刻に考えることはなかったのだが、最近は堪え難いような淋しさとともにそれが胸に迫ってくる。

ここを離れれば淋しさは多少マシになるとは思うけれど、結局問題の解決にはならないわけで、ここらで根本的に生き方を変えることを考えなければならないのかもしれないね。

今の落ち込みを前向きに考えるのならば、そのきっかけを与えてくれたのだということになるだろうか。

とにかくこの夏は気力の恢復に全力を捧げねばならぬと思う。

令和8年6月23日


藤沢、晴れのちくもり。

もはや一々書くこともない。

昨日は少し頭が痛かった。

それでも自ら動かなければ夕食も出てこない、お風呂も沸かない。

作業の面倒さより、それをしなければならない生活が出来ない淋しさの方が精神的に辛いのかもしれないと思う。

やたらとお腹だけは空いていたので、白ご飯をお腹いっぱい食べて眠った。

今日は仕事帰りにスーパーに寄ろう。

ニラと卵と朝食用の食パン。

それだけ買えば、今週の平日はもう買い物にゆかずに済むから。

令和8年6月22日


藤沢、晴れのちくもり。

相変わらず昼の勤務にしていただいている。

人間らしい生活!昼間は仕事をして、夜はぐっすりと眠る。

いただくゲルトが大幅に減ってしまうのが玉に瑕だが、精神が壊れてしまっては元も子もない。

既になかなか辛いところまで来ている。

休日が少しも愉快ではないのだ。

写真を撮る、フィルムをスキャンする、それをやっている時は愉快なのだが、本当にその時だけ。

珈琲も淹れない、アルコールもいただかない、精神状態は推して知るべしといったところ。

これで写真まで止めてしまったらいよいよ危ない。

そこまで悪化してしまわぬよう、ダマシダマシやってゆこう。

それだけ。

令和8年6月21日


藤沢、くもりのち晴れ。

昨日は結局アルコールを摂取することもなく、夕食は大戸屋のほっけの塩焼き定食で我慢をしてフィルムのスキャンに勤しんだ。

エルマーで撮ったものとズマールで撮ったものが1本ずつ、何をどのように撮るかを最も大切にしている私としては、レンズの描写にうだうだ言うつもりはないのだが、なんとなく違う気がするから不思議なものである。

フードをつけて撮っていたからかあまりフレアも入っていなかったし、勿論ピントは問題なし。

今後はフードなしのイエローフィルター装着で撮ることになるから、多少描写は変わるかもしれない。

とにかく綺麗に写っていて良かった。

昨日は全く家事をやらなかったから、今日はそれらをひと通り済ませてその後ずっとネットサーフィン。

昼過ぎからはとても良い天気だったけれど、人気に当てられると良くも悪くも心が騒ついてしまうような気がしたものだから。

明日からの仕事に備えて、食料品の買い出しだけはした。

さて、あとひと月。

Nickel Summer

先日購入したニッケルズマール。

ヘリコイドの動きに多少のムラを感じるので、もし写りが気に入らなければ早々に手放してやろうと考えていたのだが、どうもそれは出来そうにない。

1934年製造のレンズ、どんな整備を施したとしても完璧は望み得ないのは当然のことではないか。

そんなことよりも、全く衰えを見せない描写にこそ最大限の敬意を表さなければ。

飽き性の私だが、長く付き合ってゆけるレンズになってくれると嬉しい。



ファーストショット


ビッグダディ

相談事


潮風に吹かれて


下準備


紫陽花


青春


江ノ島に抱かれて

令和8年6月20日


五反田、雨。

午前中はひたすらだらける。

とは言いながら来週分の冷凍ご飯を仕込むあたりは、私が生活者として少しずつ自立してきた証拠だろう。

雨だったから外に出るのはあまり気乗りしなかったけれど、早々にネガを受け取ってズマールのピントを確認する必要があったので渋々腰を上げる。

いつも現像をお願いしているラボ、ここの店主がとても良い人だということも、重い腰を上げた要因のひとつではあるだろう。

せっかくの休みの日に、私は誰かと話をしたかったのだ。

今日も1時間ぐらい、写真のことについて色々と話をさせていただいた。

そして、私のこれからについても。

励ましてもらったり、助けてもらったりすることを期待しているわけではないけれど、ただただ話を聞いてくれるだけで良いのだ。

そういう機会が、こちらに来てからは少しもなかった。

少なくとも私という人間は、誰かと話をしなければ生きてゆけない人間らしい。

今は帰りの電車の中、ビールでも買って晩酌をしようか、それとも受け取ったフィルムをスキャンしようか。

大いに迷っている。