叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

背広のポケット


スーツを着なくなって、もう3年になる。

仕事で着ることは勿論ないし、幸いにして葬式に出ることもなかった。

そういえば、結婚式に呼ばれることもなかった。

スーツで思い出すのは、背広のポケットはいつも空けておいて、見つけた塵を入れる場所にしなさいと言っていたマナー講師のことだ。

その人には、斎場職員向けのマナーや接遇の研修会の講師として来てもらっていた。

通常の掃除に加えて、床に落ちている塵を見逃さないという意識を職員全員で共有出来れば、さらに斎場における美化のレベルが高くなるということだった。

その時言われたことが癖になって、私は今でも作業着のポケットのひとつを塵入れにしている。

溜まった塵を仕事終わりに纏めて捨てるものだから、同僚に怪訝な顔をされることもあるけれど、個人的には良い習慣だと思っているから止めるつもりはない。

他にも、斎場の職員たるものどんなに暑くてもネクタイは外すなとか、匂いがするから打ち合わせ前にネギは食べるなとか、色々と教えていただいた。

マナー講師でやってくるぐらいだから、研修会場での態度は丁寧そのものなのに、懇親会にお呼びするとべらんめえ口調丸出しの江戸っ子になる人で、そんなところも面白い人だった。

思えば、斎場の人は一癖二癖ある人が多かったけれど、それぞれがご遺族のことを真剣に考えて仕事をしていたから、こちらとしてもやり甲斐があったのは事実である。

そういう人たちともう一度仕事をしてみたいと、今は思わぬでもない。