叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

居酒屋論


私は、ただお酒に酔いたいばかりの理由で居酒屋に行くのではない。

ただ酔いたいだけであれば、ラーメン屋か中国料理屋に行ってビールかハイボールを飲んだ方が安いし、お腹も一杯になる。

わざわざ居酒屋に行くのだから、その土地でしか食べられないもの、その店でしか食べられないものを食べたいし、美味しいお酒やお店の雰囲気にも妥協したくない。

その点で、名古屋のそば居酒屋山葵は、私にとっては殆ど完璧に近い居酒屋だった。

旬の食材を使った料理はどれも美味しく、寮暮らしで手の込んだものを食べる機会を失っていた私の舌を癒してくれたし、清酒の種類も豊富で、行くたびに違うお酒を飲むことが出来た。

何より、寡黙ながら無愛想ではない大将の人柄と、朗らかで盛り上げ上手な女将さんのコンビネーションが醸すお店の雰囲気が暖かくて、いつまでもそこに座っていたいような気にさせてくれた。

カウンターに並んだおばんざいから3種盛りを頼み、季節の魚介とメインになる料理を頼んでお酒を飲み、しっかり酔っ払いになった後は、〆にざる蕎麦とそばの実アイスを食べて引き上げるのが、私にとってのルーティンだった。

そんな大好きな山葵だったが、少し前に経営者が変わったという情報を得てからは行っていない。

お店自体はまだあって営業を続けているということだが、大将と女将さんはいるのだろうか。

何度か行こうと思ったけれど、あの場所での美しい記憶を上書きしたくなくて、どうしても足を踏み入れることが出来なかった。

ここまで入れ込むことが出来る居酒屋に、今後の人生でまた出逢えるだろうか。

たかが居酒屋、されど居酒屋なのだ。