叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

事情


祖母はまだ生きているらしい。

訃報を聞かぬという事はそういうことだ。

出来る事なら、このままいつまでも連絡が来ずにおればよいと思う。

何とか面会出来ぬかと思うけれど、入院先のHPを見る限りでは面会は原則禁止、担当医が許可した場合のみ可能らしいが、それもひとりだけという条件があった。

少なくとも県外からのこのこ帰ってきた人間に面会が許されるはずがない。

この調子では、夏に帰っても同じ事だろう。

死なねば会えぬというのは哀しい話で、死者と生者に別れてしまっては本来会うも糸瓜もないのである。

それにしても、事情も知らずに帰れ帰れと外野が煩いのには閉口する。

良かれと思って言ってくれているのだろうが、他人の家庭について口を出すべきではない。

家庭の形はそれぞれで、それこそ私と祖母が不仲だったり、私と親が不仲だったりする可能性もあるわけで、帰るに帰れぬ事情があるかもしれないのだ。

それを自らの過程に当て嵌めて云々するのは見当違いも甚だしい。

どうもいちいち煩い人が多過ぎて、ただでさえ元気が無いところにさらにウンザリが重なってしまう。

面倒なジンカンである。