人はそのサガのように生き、そのサガのように死ぬという。
定職にも付かず、家庭すら持たず、私はそのようにふらふらしながら生き、そしてそのように死ぬのだろう。
何処かのタイミングで私はそのような人生に憧れて、少しずつそのような生き方を選択するようになった。
放哉翁や、山頭火翁のように。
惜しむらくは彼等のような句を持たないことだけれど、私には写真がある。
写真を撮るためのお金を稼げればそれで良い。
こういうことは一般の人には理解されにくいから、外野が煩いけれど、あと10年もすれば黙るだろう。
ゆっくりゆらゆら、やる。