叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

習性


工場と寮の往復だけしていると、季節の変化というのはせいぜい暑くなった寒くなったという程度でしか感じることが出来ない。

しかし、今日は電車の車窓から、鮮やかな柑橘がたわわに実っているとか、山の木々が紅や黄に染まっているとか、そういう色彩的なもので季節を感じることが出来て実に愉しかった。

これだけでも旅に出た甲斐があるというものだ。

京都に着いて、先ずは新福菜館で腹拵えをした。

お隣と比べるといつも行列が少なくて心配になってしまうけれど、私はこちらの方が好きだ。

ラーメンと炒飯、小さい瓶ビールでエネルギー補給をした後は、紅葉を探してのんびりと歩いたのだが、モノクロフィルムを装填している関係で殆どシャッターが切れない。

どんなに赤く色づいた紅葉も、モノクロフィルムに収めてしまえばただのグレーになってしまうから、どうしても被写体から外してしまう。

結局智積院から清水寺方面に歩きつつ八坂神社と円山公園を抜けて、最終的には知恩院のあたりまで行く道中で、紅葉そのものはどこでもそれなりに見ることが出来たのだが、モノクロを撮り終えたのは殆ど夕方になってからだった。

それから急いでエクタクロームを装填したものの、いちいち露出計で明るさを測って撮っているうちに陽が沈んでしまった。

最初に装填していたモノクロが20枚程度、エクタクロームが15枚程度ということで、紅葉の京都を歩いたとは思えないほどに少ない撮影枚数で本日は終了。

そもそも紅葉みたいに構図や設定を追い込んで撮らねばならないような被写体は、私のような適当人間には向いていなかったということを今更のように思い出した。

それに加えて、正確な露出管理が求められるリバーサルフィルムなんぞを使った日には、とてもではないが気軽にシャッターを切ることが出来なかった。

明日はとりあえずエクタクロームだけ使い切って、さっさと現像に出してしまおう。

もう紅葉なんぞにはこだわらない。

自分の撮りたい写真を撮るのだ。