叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

適材適所


私が撮りたいと願う程度の写真であれば、ライカのⅡ型とズマールさえあれば十分に撮れるということを、昨日今日と現像から戻ってきたフィルム写真を整理しながらつくづくと感じた。

II型もズマールも古いから、被写体を追い続けるようなオートフォーカスは付いていないし、睫毛の一本一本までを解像するような描写性能もないけれど、私はピントは自分で合わせたい主義だし、人間の睫毛だけを撮っているわけではないから、そういう性能はそもそも必要としていない。

寧ろ、私の主戦場であるストリートスナップの世界においては、II型とズマールのコンパクトさや速写性の方がよほど必要性が高いのだ。

これ以上はないほどにコンパクトなII型を右手で鷲掴みにして、光の状況に合わせて設定を弄りつつ、常に虎視眈々と被写体を探す姿勢を崩さずにいる限り、どんな最新式のデジタルカメラよりも素早くその一瞬を捉えられる自信が私にはある。

勿論、猛スピードで飛ぶ野鳥を撮れとか、長秒露光で星の軌跡を撮れとか言われれば全くお手上げになってしまうのだが、今後私がそのような写真を撮りたくなった時は、それに適したカメラを買えば良い。

昨今のカメラ業界は、何でも出来るカメラが増え過ぎたせいで適材適所という言葉が死語になりつつある。

カメラメーカーの策略に無闇矢鱈と踊らされない為にも、自分が本当に撮りたいものとそれに適したカメラということについて、常に考え続けようではないか。