叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

デトックス


今日は散歩に出る時に、あえてiPhoneを持ち出さなかった。

そうなるとAirPodsも使えない訳で、音楽を聴くこともなくひたすら歩いた。

iPhoneが無いと落ち着かないものだが、私が散歩に出て得る愉楽については、その殆どがiPhoneから得るものではないということに気付かされた。

手元にiPhoneがあると、どうしてもSNSやらネットニュースやらを見てしまって、酷い時などは出先で見つけた何かに影響されて、その場の勢いでネットショッピングまでしてしまう。

脳のリソースをこんなことに割いているようでは、まともにスナップが撮れるはずがない。

今日は音楽すら聴かなかったから、自らの不注意でこれと思うシャッターチャンスを逃すことはなかったように思う。

デジタルデトックスと云ってもたかだか数時間のことではあるが、気付かされることは色々多い。

何かを出した後は、何かを補給をせねばならぬと云う訳で、たまたま見つけたとある大学の卒業制作展を覗いてみた。

どれも非常に面白かったが、日頃は自撮りしかせぬ人が、それに違和感を覚えて自撮りを封印し、いつもと反対側のカメラを使って自らを炙り出そうとしたNot selfie,but selfieと云う卒業制作は、写真を撮る者として非常に興味深かった。

今時の若者にとっては、インカメラを使って自撮りをすることこそが当たり前で、アウトカメラを使って写真を撮ることは、あえて意識してやらねばならぬ行為らしい。

私は先ずそれに吃驚してしまって、今後彼らが紡ぎ出す写真文化は、機材だの構図だのに囚われている我々とは一線を画するものになってゆくのだろう。

ジェネレーションギャップと云う言葉で簡単に片付けてしまって良いものか、マァ、何か重要な気付きを与えてもらったことは確かである。

カメラ業界についても、今は自撮りが出来ますとのことでバリアングルモニターを装備している機種も多いが、今後若者に対してカメラの普及させようと思うのならば、自撮り専用機種を出すぐらいのことをしなければ追いつかない気がする。