叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

城山


スウェーデンのロックバンドが、西南戦争の歌を作っている。

Shiroyama

Shiroyama


あの戦争の目的というのは、鹿児島人である私にでさえ、容易には理解し難い。

ただ、気分としては大いに理解出来るのだ。

廃刀令やら秩禄処分やら国民皆兵やら、武士を武士たらしめていたものを全て奪われて、日の本一の武士を自任する薩摩人が、黙っていられるはずがない。

そういう時代になったのだと、唯唯諾々と従えるような人間に彼らは育てられてこなかったのだし、もしそんな人間たちばかりなら、明治維新など起こらなかっただろう。

そしてこの気概というものは、多少の冷静さは必要だとしても、今の日本にも必要なものだと思っている。

先人たちは、武士が武士として存在出来ぬ世を嘆いて闘って死んだが、これからの私たちは未来に向かって、日本人が日本人として存在出来る様に準備をすべきだし、その準備の中から戰の一文字を消してはいけない。

ウクライナのこともあって、頻りとそんなことを考えている。