叢草雑記-

徒然なる日々を。わたくしを定義することはやめた。

答志島の旅


時系列は無視している。

振り返りは、写真にタグをつけることが目的であって、何月何日にこの写真を撮ったというのは、さほど重要なことではないから。

答志島へ行った目的さえ、今は定かではない。

印象に残っているのは、海の青さと、ノーヘルで乗り回す原動機付自転車のことだけ。

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答志島へは鳥羽の港からフェリーで行く。

船旅というのは、それだけで愉快なものである。


答志島には、和具、答志、桃取という3つの集落があり、それぞれの集落に定期船が寄港している。

今回、私が降り立ったのは和具港。

ちなみに和具集落と答志集落は至近にあるので、どちらの港で降りても徒歩で移動できる。

降り立つと香るのは、漁港独特の、潮やら漁船の油やら塗料やらが入り混じった匂い。

シラスが名物の島だから、シラスを釜茹でする作業場や干場が港の近くにある。

おばあさん達が詰めていた小屋は、海女小屋なのだろうか。

わざわざ訊ねるモチベーションはなかった。



島内に踏み入れば、これまた名物の狭い路地たち。

少なくとも、住みやすくはないだろう。




こんな田舎の離島までインスタ映えに侵されてしまったようで、少し淋しくなる。


和具の集落に別れを告げて、答志の集落へ向かう。

山というほどもない、丘を越えて行くのだが、振り返れば港がよく見える丘である。


答志の港は海面が近くて、ふるさとの桜島の光景に少し似ていた。





写真を撮り歩いてしまえば、特に用事がないのが私である。

土地の名物を食べたり、土産物屋をひやかしたりというのは、連れがいればこそ愉快なのであって、ひとりではそんなことはしない。

鳥羽に戻ってきて、鳥羽城址へ行く。

ここからの眺めが、私は好きである。


このあたりは、ささやかながらも恋人の聖地であるらしく、必ずカップルがいる。

もはや、何という感情も抱かないけれど。



実を言うと、鳥羽へ行くのは今回で最後になるような気がしている。

以前は、鳥羽へ行くぐらいの電車移動ならば何ともなかった身体が、今はとても辛いのである。

ちまちまと中距離の旅行をするよりも、普段は近場で我慢しておいて、少し長い休みは京都だの北陸だのに行きたいと思う。

私のことだから、明日は何を考えているか、分からないけれど。